どせいさんの会
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


- | | - | - |
FC2にお引越
いつもてきとうに書いてるけど、
書き続けてると
てきとうが様式化してきて、
“てきとう”というパターンに
合わせようとしてしまう。
それって堅苦しい。
“てきとう”の再セットアップが必要だ。
だからというわけでは別にないけど、
ブログを引越しました。
http://rolling5.blog107.fc2.com/
今後こっちで更新していく予定。
気まぐれでアドレス変えやがってめんどくせえ、
とかそんな感じかと思いますが
よろしくお願い致します m<_ _>m

ノート | 02:01 | - | - |
数兆匹くらいいる
実家に帰りました。
親せきが集まった。
いとこの娘で5才になる女の子がいて、
お年玉を渡す。
照れか警戒してるのか、
全然くちきいてくれないんです。
去年あったときもそうだった。
もう言葉はとっくに喋れるのに。
でもお年玉を渡したとき、
「ア・リ・ガ・ト」
と言ってくれた。
お金を渡すと、
「ア・リ・ガ・ト」
と言うんですね。
そういう言い方すると身もふたもないですが。
この子、絵がうまい。
うまいらしい。
今日も絵を描いてて、見ようとしたら、
ばっとらくがき帳を小さいからだで隠す。
離れた場所にいるときでも、
ぼくがふとらくがき帳に視線をやると、
絵にかけよって隠す。
はずかしいようだ。
たまの集まりだからと写真をとろうという
流れになる。
カメラをむけるとその子は
ポーズをとる。
はずかしがり屋だけどカメラにポーズは
しっかりとる。
何年か前の記事にも書いたけど、
この子は全国大会で優勝できると思う。
可愛らしい幼児として。
ずっと見てても飽きない。
顕微鏡で見てみたい。
肌を覆う極微の菌なんかが見えるくらいに
ズームアップしたら、
その肌、細胞は、
びっしりとひよこで覆い尽くされているはずだ。
つまり、かわいい。
実家にalc.45度の泡盛があって、
ファンタで割って飲んでたんだ。
ジュース感覚で飲みやすく、
けっこう飲んだ。
ひよこの集合体かわいいなあー。

ノート | 23:03 | comments(1) | - |
猛られる
昨日バイト忙しかった。
同じ時間にあがった人と更衣室で、
きょう忙しかったなーとか言ってて、
あの人の動きはあーだ、
この人のあのときの発言がどーだ言ってたんですけど、
同じ時間にバイトあがった人はもうひとりいて、
その人は女性だからもちろん更衣室別で油断してて
その人のことも喋ってた。
今日その人が
「あんた昨日、更衣室でアタシのこと
なんかグチってへんかった!?」
と言ってきた。
やばい。
やばいと思ったんですけど
何言ったっけ? と全然思い出せない。
わるいこと言ったっけ?
とにかくまあ、動揺しました。
きょうも忙しいっていうのに、
失敗を重ねてしまった。
くちは災いのもとですね。
ていうか男子更衣室の前で
聞き耳たててたのか。
「アタシのグチ言うんやったら
聞こえへんとこで言うてや!」
とも言ってましたが、
こわいわ。
それ以上近づいたら撃つぞ!
って言いながら向こうから近づいてくるみたいな
理不尽な恐怖を覚える。
今年はトラ年、猛獣の年。
2日目にして吠えられて、
あー、今年はこういう年か。
誰かまたたびをください。

ノート | 22:52 | comments(0) | - |
AOKY
今日と昨日は違うわけですね。
いつも違うけど、
いつもの違いとはちょっと違うわけですね。
2010年がはじまった。
かっこよく言うと、
1020年がはじまった。
しょっぱなから仕事なおかげで、
より正月を感じられる。
福袋を求めて走るおとなたちが見られた。
福袋という媚肉は不特定多数の人々の
リビドーにさらされる。
今日は皆が野獣だ。
福袋とか新春大売り出しとか、
毎年やってるわけで、
毎年みんな野獣になるわけで、
つまり1年のはじめは野獣から。
野福袋をとらえ内臓をむさぼる野獣ではじまり、
除夜の鐘に耳をすませて
センチな気分にひたる人間におわる。
人の人生は1回限りだけど、
こうして1年という区切りで、
何度もけだものから人間に変身しなおす。
販売する側のぼくは人間のままだけど、
はたしてどちらが自然か不自然か。
野獣になる側も、
年賀状を見て一時的に人間をとりもどす。
年賀状はそういう意味もある。
年末のまだ人間であるうちに、
年が明けてけだものになるであろう
友人知人に気付け薬を出しておく。
でも最近の年賀状は
お年玉つき年賀はがきが使われており、
気付け薬である年賀状にも
物欲の野獣を呼び覚ます要素が
含まれてしまっている。
あー、嘆かわしい。
べつに年賀状かいてない言い訳じゃないですよ。
なにはともあれです。
あけましておめでとうございます。
今年もこの不定形なブログとぼくとしびれくらげを
よろしくお願いいたします。


ノート | 02:44 | comments(0) | - |
対大みそか
 なんだかんだ言ってもいつもどおり日が昇って沈むだけなのに、今日の24時00分は、そう安易にはまたげない空気を持っている。大みそかというやつは。
 日記帳に12月31日の日記を書いていても、なにかいつもと違う特別なことを書かなくてはいけないような気分になる。
 といっても別段、日々の出来事以外に書くこともなく、何を書いたものかと思索にふけっていたら、今日のページにへんな図形を描いていた。
 ひし形をベースにした幾何学的な模様。
 どこか魔術的な図形だった。
 そのとき――図形が蠢き、線分が放射線状に伸び枝別れをし、互いに絡み合いしながらページ全体を覆い尽くした。
12月31日のページに複雑な魔方陣ができていた。

 カッ

 うわあ、まぶしい!
 魔方陣から発せられたまばゆい光があたりを包んだ。ほどなく光が霧散する。
 何も変わらない自分の部屋。
 しかし違和感があった。
 なんとなく時計をみると、針が止まっていた。
 ふと窓の外をみると、ベランダと向かいの家の間に、さっきまでなかった茶色い2本の柱が立っていた。
ひとかかえほどの太い柱。
 おそるおそるベランダに出て、柱を近くで見る。それは柱ではなく足だった。見上げると2本の柱の上に寸胴な胴体があった。足と同じような柱のような腕が生えている。胴体の上には短い柱が乗っていて、それが頭のようだった。頭にはボウリング球ほどの球体がうまっていて、それが目であるようだった。

 う、お、お、お、お、お――

 ほとんど地鳴りのような唸り声を柱人間が発した。
 すると、西へ沈みかけていた太陽がぐんぐん登ってきて東へ傾き、あたりは彩度の低い早朝の様相に変わっていた。
 柱人間の顔の球体が輝く。

《私は大みそかである。お前の描いた紋様によって実態を持って現出した12月31日という暦である。新年をむかえたければ、私を倒せ》

 という声が、頭の中に直接響いてきた。
 なんだって!?
 こいつをやっつけないと、2010年は迎えられないだって!?
 しかもどうやら時間を朝までもどされたぞ。24時までの残り時間がこいつの体力ってわけか!
「このまま夜にならなかったら、紅白歌合戦がみれなじゃないか」
 ぼくは嘆いた。

 う、お、お、お、お、お――

 柱人間が吠えた。太陽がわずかに西へ傾いた。時間がすすんだ。
「ゆく年くる年……」
 さらに太陽が西へ。
「大みそかだよドラえもん」
 太陽が正午の位置までもどった。そういうルールか。

 部屋の掃除をする。年賀状を書く。もちを買ってくる。
 年末らしい行動をするたびに時間が進む。空がオレンジに染まり始めた。
 ぼくが行動をすると柱人間もその長躯でゆっくりとしかし大きな歩幅でついてきた。

《お前、年賀状は本来25日までに書いておくべきではないか》
《もちはレンジでチンするやつか。杵と臼でつくらないのか。残念なやつだな》
《なぜさっき、巻き寿司を食べたのだ》

 柱人間――大みそかは小うるさかった。

《寅さんを観ても関係ない。さっき時間が進んだのはお前がテレビを見ながら昆布巻きを作っていたからだ。寅さんはカウントしてない。勘違いするな》
《年賀状だが、3枚だけでいいのか。もう少し書かなくていいのか。あとで書くのか。どうなの――おい、蹴るな。なにを怒っているのだ》

 気が付いたら夜になっていた。部屋にもどって時計を見る。
 針は動いていないが、19時を指している。もう少しだ。
 しかしもうだいたいのことはやった。
 あとは……年越しそばだ。
 これはてきめんだった。

 う、お、お、お、お、お、お、おおおおお……

 ひときわ大きく吠える大みそか。長躯が膝からくずおれ、そのまま倒れるかと思った。
 しかしそうはならず、体の各部が開いては閉じ、折れて収納され、どんどん変形していった。
 しばらくすると柱人間だった大みそかは、大きな釣鐘と突き棒に変形した。
 ぼくは突き棒から垂れる短い縄をしっかりと掴むと、勢いをつけて、鐘の中心に打ち込んだ。

 ご、お、お、お、お、お、お、ん……

 地鳴りのような大音声が空気をゆさぶる。
 夜が深まっていく。

 ご、お、お、お、お、お、お、ん……

 ご、お、お、お、お、お、お、ん……

 何度も何度も、鐘を打った。
 時計を見ると23時をすぎていた。

 105回……106回……107回……
 
 …………

「もう止めよう」
 鐘を打ちながら、この1年を思い出していた。
 平凡な1年だった。
 きっと来年も平凡な1年だろう。
「なんか、もう、このままでいいや。時間が止まってるなら、止まったままでいい。時間の流れが元通りになって2010年が始まっても、何もないし、何も始まらない」
《それは違うな》
 釣鐘になった大みそかが言う。
「何がちがうっていうんだ。ぼくは今まで23回年を越したけど、新しい年に目標を立てたり、親戚であつまったり、それだけで、あとはもう、ただの普通の日常で、2009年も2010年も関係ない」
《1年は365日もある。新しいなにかを始めたらものにできるだけの時間だ。
今までのなにかを清算するのにも。いろんなことを言うやつがいるだろうが、人は1年が終わったらその年のことはなかったことにしてもいい。次の1年になったとたんに全然ちがうことを始めてもいいんだ。だから今までがだめでも、毎年だめでも、それを全部なかったことにして、今度こそはと懲りずに挑戦をしてもいいのだ》
「……ふーん」
 別に大みそかのご高説に感じるところがったわけじゃないけど、ぼくは108回目の鐘を打った。
 つけっぱなしのテレビから花火の音や歓声が聴こえた。
 時計を観ると0時をすぎていた。
 大みそかはいなくなった。
 日記帳の12月31日のページには魔方陣は書かれておらず、さっきまでのことが書かれていた。
 ページの最後にひとこと付け加えて、2009年の日記帳を閉じた。

“さて、2010年はどんな年にしようか。”

短編ブログ小説 | 23:02 | comments(0) | - |

Calendar

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>